神戸 ディライト訪問医療マッサージ 昨日・今日・明日

神戸 ディライト訪問医療マッサージの日記です。

どのような物語を生きるか。

こんにちは!

ディライト訪問マッサージ 院長の徳地です。

 

最近、施術の現場で痛感していることがあります。

 

「人生における物語の必要性」

です。


人は多かれ少なかれ、常にある種の
「物語」を生きていると思います。

この世に誕生してから、
出会いや経験、あらゆる出来事を通して
独自の世界観、価値観を作り上げていきます。

置かれた環境その他によって、
みなそれぞれものの見方や考え方が異なる、
いわば

「それぞれの物語を生きている」

のではないでしょうか。

「平和で穏やかな日常」
という物語もあれば、
「山あり谷あり人生はジェットコースター」
という物語もあるかもしれません。

どのような人生を歩むとしても、
前を向いていく、積極的な姿勢で生きていくためには、
その先にある

「希望」

の存在が不可欠と考えます。

希望があるから、心躍らせたり、
困難に立ち向かう気力が湧き上がってくると思うのです。

話を戻します。

訪問マッサージにおいては、
お身体の症状の改善、
日常生活能力の向上を
第一の目的としておこなっています。
そこではこちら側が一方的に
施術をおこなうのではなく、
ご利用者様本人が自分で身体を動かしたり、
一緒に訓練に取り組む場面もあります。

そこでは、積極的に訓練に取り組まれる方もいれば、
あまりその気になれなかったり
拒否の姿勢を示される方もいらっしゃいます。

痛みがあったり、安静期間が長くなると、
しだいに体力や気力が低下してしまいがちです。

そんな状態で困難なこと、
しんどいことに取り組もうとするので、
よほどの気持ちがないと
なかなかスイッチが入らないのは
当然かもしれません。

そんなときに、こちら側の力不足を感じるとともに、

「希望の物語」

の必要を感じるのです。

ご自身の現状、行く末に
もはやあきらめ、描く希望がない方。

そんな閉じてしまった物語の筋書きを書き換える力、
ありありと実感してもらえる
新たなストーリーを紡ぎだす能力を、
手にしたい。
その助けになりたい。

世界はいつも変わらずそこにあって、
どんな現実を受け取るかは
自分で選べると信じているからです。

毎日が、初日。

こんにちは!

ディライト訪問マッサージ 院長の徳地です。

 

本日より当院は新年の業務をスタートしております。

年末年始のお休みを経て、身体も心も充電完了!

新鮮な気持ちで施術に臨みます。

このような節目は気持ちを新たにするいい機会になりますが、

できることならば今年は日々まっさらな気持ちで、

昨日とはちがう今日を意識的に創り出していきたいと思います。

毎日を悔いのないように、全身で生きていけますように!

(この文章は今訪問先の施設にて、お風呂に入られている利用者様を待っている間に書いています。スキマ時間も有効活用(笑))

追い風も向かい風も。

こんにちは!

ディライト訪問マッサージ 院長の徳地です。

 

テレビで年始恒例の箱根駅伝を中継しています。

1月の冷たい空気をものともせずひたすら前を向いて走る選手。

苦しさに顔を歪ませながら

前で待つ選手に少しでも早くたすきを渡すためだけに。

大舞台でみずからの限界を超える力を、

何か見えない力に引きつけられるように

けっして冷静さを失わずに走り切る。

 

入れ替わる順位、

勝利を確信された者が失速し、

あきらめない者たちが猛烈に追い上げる。

周りの声が聞こえているのか、もはや自分の声だけなのか。

 

この人たちには穏やかな正月も、

家族と過ごす時間もまるで別世界のことなのだ。

 

彼らの姿を見ている自分にも

力が湧いてくるのを感じる。

選手の走りを追い風に、加速していけそうな気がする。

 

前を向いて走る。追い風も向かい風も。全力で!

新年を迎えるにあたり。

謹賀新年

ディライト訪問医療マッサージ院長の徳地です。

旧年中は大変、お世話になりました。
本年もなにとぞよろしくお願いいたします。


さわやかな朝の空気とともに新年を迎えられたことをうれしく思います。


例年、正月というとどうしても生活リズムを乱してしまい、

食べ過ぎ、食べ過ぎ、夜ふかし、運動不足の

ダラダラした時間をおくっていたのですが、、、


経験上何もいいことはなく、

むしろあとで立て直すのに苦労したり、後悔することばかりでした。


そこで、今年はできるだけいつもと変わらず、

いやそれ以上にこの休みの時を密度の濃い充実した時間にしようと決めて、

年末より意識してきました。


まずは何をするにも惰性ではなく、よく考えて取りかかる。

本当に必要なことなのか。今すべきことなのか。

それをすることで次に、未来につながる行動になるのか。


決めたらあとは行動あるのみ。

考え過ぎて動かないより、

拙速でもいいので実践と改善を繰り返すことで前に進む。


元日の朝に、今年一年の行動指針を忘れないようここに記させていただきます。


あらためまして皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします!


ディライト訪問医療マッサージ
徳地 静夫

The whole man must move at once.

こんにちは!

ディライト訪問マッサージ 院長の徳地です。

 

先日、ある方の施術が終わり、

次の方のお宅へ向かう車の運転中、

ふと次の言葉が浮かんできました。

 

“The whole man must move at once.”

 

以前、そう、かなり昔のことだと思いますが、

何かの本に、やはり引用というかたちで書かれていた言葉です。

もう詳しい内容は忘れてしまいましたが、

意味としては、

 

「その人のすべて(全人格)が同時にことにあたらねばならない」

 

という感じだったように思います。

(ずいぶん昔のことなので、間違っているかもしれませんが、、、)

言葉の解釈は人や状況によってさまざまなものとなるかと思いますが、

おおよそ、大義は上に書いたようなものであったかと。

 

なぜこの言葉が急に、それも運転中の車内で浮かんだのか、

今思い返すに、

直前に施術していたところでの思うところ、

感じたことがそこにつながったのではないかと思います。

 

その時の私は、この言葉を

「身体の使い方」

という意味で

受けとりました。

 

どういうことかと言いますと、

施術のときもそうなのですが、

人の動きというものは、

身体をどのように使うか、

ということに始まり、

そこから

「力、動き」を外部のものに伝えていく過程を踏むのですが、

そのときに、たとえば手の指先一つを動かすにしても、

実はそれを支える腕、上体、腰、脚、足の指先すべてにかならず

動きをともなうことであり、

すべてが連動してはじめて、

美しい無駄のない、調和のとれた動きが

達成できるのだということです。

 

それが、たとえば

指先だけ、あるいは腕だけで動かしている、

などということになると、

一見同じような動きに見えるかもしれませんが、

その中身、効率、バランスは

まったく異なったものになるのだということです。

 

施術の際に、つい無理な身体の使い方をしてしまったり、

指先だけ、手先だけで気が抜けた触れ方をしていることへの

反省といいますか、

振り返ったときにこの言葉が思い出されたのです。

 

このようなことは頭では理解していたつもりですが、

つい、日々の生活、施術の現場で

心ここにあらず、になっていないか。

ややもすると散漫な意識で接していないか。

今、ここで全身全霊でことにあたっているか。

身体の扱いだけでなく、

人との関わり、

コミュニケーション、

勉強その他、

あらゆることに活きてくる言葉だと思いました。

このタイミングで現れたことに感謝したいと思いました。

 

しかし、調べてみたのですが、

どこに書かれた言葉なのか、だれの言葉なのか、

未だにわかりません、、、

ご存知の方がいらっしゃったら教えてくださいませ。